アーティスト・ステートメント

この度は「モリケンイチ個展 幻國Modernity」にお越しくださりありがとうございます。
みうらじろうギャラリーにて三度目(bisを含めると四度目)となる今回の個展では、戦後のアメリカナイズされた日本社会をブラックユ ーモアを交えながら描いています。

前回個展は三年前になりますが、実はその制作期間に痛めた右ひじを悪化させてしまい、肩、腰、目まで不調と 痛みが波及したため、この数年はまさに満身創痍といった具合で制作を続けてまいりました。 利き腕はほとんど使えなくなったので、とにかく左手で描くトレーニングを地道に続けながら、作品制作してき たというのが実情です。 したがって、今回の展示では新作もふくめて、すべての作品はほぼ8割を左手で描いています。

無論、厳しい状況ではありましたが、この数年間の、苦痛によって常時自分自身の身体に意識が引き戻されると いう辛い経験が齎したものは、いま思えば、より根本的な僕自身の「生の現場」からの制作、自らが立っている 場そのものを見つめ直すという学びだったのかもしれません。

自分自身の現実の立ち位置の再認識は、「いま・この時代」すなわちModernityの歴史的な特殊性の再認識へと つながっています。
近代以降の世界は、科学技術と産業の革新により歴史上かつてない社会を現出させてきました。 とりわけ、僕自身が生まれ落ちた時代、戦後のアメリカを中心としたグローバルなリベラルデモクラシーの世界 は、いい意味でも悪い意味でも例外的な世界であり、平和や豊かさ、喜びをもたらしつつも残酷が共存するよう な世界でした。飛び交う言説は理知と蒙昧を刺激し、貪欲と冷酷を駆動し続けていますし、明瞭であると同時に 渾沌としたイメージの氾濫は人を惑わせ、虚実の区別すら見えなくさせました。 人類はいまだにこのおそるべき「Modernity」の幻惑に振り回され続けています。

いま、我々はアメリカ中心の世界体制の終焉を目の当たりにしていますが、次に来る世界がいかなるものとなる にせよ、近現代の延長線上にあることは間違いないでしょう。未来のことは正確にはわからないとしても、現代 社会を生きる人間の一人として、自分自身が立つこの世界がどのような質の場、どのような幻想の上に成り立っ ているのかを知りたいと、僕は切実に感じています。

世界を、あるいは社会を、肖像画を描くようにして表現してみたい、というのが僕の画家としてのテーマです。 それはすなわち、自分自身をも包摂するこの世界をひとつの巨大な存在として捉え、その残酷さや美しさ、愚か さや面白さのすべてをトータルに暗示できるようなイマージュを探りたい、ということでもあります。

今回展示させていただいた私の拙い作品が、皆様それぞれの「いま・ここの世界」を改めて見つめなおすきっか けとなれば幸いです。 ご高覧よろしくお願いいたします。

2025年5月29日
モリケンイチ